群れない、媚びない、妬まない、気にしない、どーでもええ

世の中と言うのは気に入らないことだらけです。
かといって、いちいちそれに腹を立てていれば怒りっぱなし。
冷める時がありませんわな。忙しい、忙しい。
ただ、ほとんどのことは怒っても仕方がないこと。
また、自分には直接無害なことが多いはず。

私のように世間に何ほどかの意見を述べることが職業の人間は、
反対意見に対してはそれなりに敏感になるものでしょう。
こういう無責任な言い方をするのは、私がそうではないから。
というか、他人が何を言っていようが気にしません。
関心がゼロではないので時々はチェックはします。でも、その程度。

私は幼い頃からまわりとは「違う」人間でした。
何度か書きましたが、小学校5年生の時に担任の教師から
「千原(本名)君はキチガイだから一緒に遊ばないように」と
ホームルームで言われたことがあります。
小学校の5年生です。44年前ですか。まだ教師の権威があった時代。

その時の経験が、私と言う人間の中でとてつもなく大きな
パーツになっています。つまり、自分はハナから違う人間なのです。
そして、その内「違う」ということに誇りを持つようになりました。
「どうしてみんなと一緒のことができないの?」と
言われ続けてきた小学校の6年間。これも私の大きなパーツ。

今なら鼻で笑えますね。「お前ら凡百とワシは違うのや」。
でも、小学校の時って、そんなに差がついていないでしょ。
それは勉強になんぞ苦労したことはありません。
バカな教師の授業よりも教科書読む方が理解の早かったタイプです。
それでも、いちばんというわけではありませんからね。
少なくとも、教師に嫌われた私の通知表は常にオール3以下。
テストではほぼ毎回トップクラスでしたけれど。

だから、自分と他人を比べるという習慣が身に付きませんでした。
いつの頃からか「ワシはいちばんエライ」と思い始めました。
もちろんそれは学校の成績や、ましてや運動能力ではありません。
モノの考え方、見方、理解力、表現力、その他知識諸々。

まあ、実家は京都大学の学生と教員を相手にする古本屋でしたから、
私の読書量はまわりより半端なく多く、中身も大人びていました。
だから、いつしかそういう「謎の自信」を持つようになったのです。
ところが、私の世界なんて狭いもの。

何とか同志社大学に入ると、私の謎の自信は粉々に。
あの程度の大学でも私以上に本を読んでいる人間はワンサカ。
といっても、私が3、4回生の時に学んだゼミが半端ないところ。
分っているだけで30人以上の大学教授が出ています。

私が「こいつらには叶わん」と思った同輩たちは、
当時の外交官試験をパスして雅子さまの先輩になったり、
大手メディアを経て大学教授になったりしています。
3級下の村田君は1期前の同志社大学学長でした。
私は面識ありませんが。まあ、そういうゼミ。
それはいいとして。

ただ、社会に出てからも「自分は違う」という意識はありました。
東京にやってきてマンション専門の広告代理店に
コピーライターとして雇われた時に、強烈に思いました。
「こいつら、みんなアホやん」
まあ、中には尊敬できる御方もいましたが。

そして、営業と一緒にクライアントに打ち合わせに行くと
まさに「社会の現実」を知るわけです。
一部上場企業のマンションデベロッパーの担当者は、
軒並み三流広告代理店の営業や制作よりもおバカさんなのです。

学校を聞いてみると、ほとんどが私立文系。
「数学なんてまったくわかりません」という連中。
それも、私と同年代かちょっと上ですから一浪二浪が普通。
まあ、理屈が通じない、通じない(笑)。

そんな中で関西出身の私は、ただでさえ「違う」存在。
みんなそう扱ってくれるので、うまく便乗していました。
「関西ではね・・・ですねん」とかいいながら。
時々「京都流に言うと、それは・・・どすなあ」とか。
そういう時、京都出身というのはかなり便利(笑)。

しかし、小学校時代から一貫している私の人生の方針は
「人の言うことは聞かない」ということ。
自分よりもアホな先輩が使っているノウハウを学ぶ気になりません。
孔子様も「己に若かざるものを友とするなかれ」というておられる。

マンションのコピーを書くなどと言うのはちょろい仕事です。
今から思えば、私は凡百の3倍くらいの速さがあったのですが、
最初は誰もそういうことに気付きませんし、私も間抜けのフリ。
実際のところ、意地悪な先輩の指導を受けた
最初の3か月程度は大いに苦労しました。
でも、そのあとは実に楽ちん。仕事にプレッシャーなし。

2年半後にその会社を辞めた時、次から次へと仕事が舞い込みましたが、
書くことよりも打ち合わせや接待の飲み会に疲れました。
仕事はいくら入れられても、作業的な負担はさほどでも。
ますます私は他人と「違う」と確信しました。

今、私は自分の意見を世間に広く表明することが仕事。
当然、私の意見は他の人と違う部分があります。
そんなこと、気にしません。違う意見の人がいるから
私の考えを誰かが聞いてみたいと思う価値があるのでしょ。
それに、私の考えをおもしろがっているのか
ありがたがっているのか、聞いてくれる方々がいます。
だから、メディアが私にお金を払って原稿を書かせたり、
コメントを求めたりします。時に本も出します。
私の見解をすべての人に同意してくれ、なんて全然。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る(ヴォルテール)」

まあ、かっこよく言えばこうなります。
人は人。自分は自分。批判もやっかみもご自由に。
ただ、誤解を招くような誹謗中傷は名誉棄損として法的に対処します。
最近、身近な人が「・・さんはこう書いていますが」というので
二三みてみましたが「どーでもええやん」という感じですね。
私と違う意見を持つ人がいること自体、日本が健全な証拠。
私は私で他の人とは常に「違う」わけです。
他人と同じ意見を言っていたら私の価値が無くなります。

4月21日 (土)榊淳司の不動産売却相談会

を開催することにいたしました。
不動産の売却に関して、価格や時期でお悩みの方のご相談を
わたくしが無料で受けさせていただきます。
会場はいつものところです。

開催日時:4月21 日(土)13時~17時
開催場所:セトル 4階会議室
(東京都中央区日本橋横山町4−11 「馬喰横山」駅より徒歩1分)

4月21日土曜日の13時から17時まで、
私が相談会場におりますので、どうぞご自由にお越しください。
とくにご予約などは不要です。
ただし、順番におうかがいしますので、
ちょっと待っていただくかもしれません。
ちなみに、前回の参加者は2組様。
待ち時間はゼロでしたが
次回も同じようになるかどうかは分りません。

上の住戸、私の提携しているいつものセトルさんが専任で預かっています。
「榊さんに案内して欲しい」と言うことなら、
私が現地をご案内することも可能です。
どうぞ、ご遠慮なくお申し出ください。

窪町小通学区のクレアホーム

 

早稲田大学市民講座「マンションと日本人」

さて、早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校での
私の講座が、5月に再び開講されます。
なんと90分を1日に2回。それが2日間の集中講義。
5月12日と19日。いずれも土曜日。13時から16時30分まで。
ビジター受講料13,413円。みなさーん、ぜひご参加を。

「榊淳司のお奨めマンション速報」

よく「榊さんのお奨めのマンションを教えてください」というお申出をいただきます。お勧めのマンションなど、日々変わります。お知りになりたい方は、ぜひ有料メルマガをご購読ください。約3か月(費用4790円)ですべての資産価値レポートのタイトルを一巡します。それでレポートの価格にして数万円分となります。
購読料 1ヵ月 1,590
※購読料金のお支払いはクレジットカードのみとなります。お申込みは コチラから  次のページの右下「カートに入れる」をクリックしてください。

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2018/3/30 0:15 Comments (0)

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