ただ生きて死ぬ、という平凡な真理

英語風にいうとゴーダマ・ブッダ、日本語だと釈迦。
このお方は若い頃に真理を求めて各地を彷徨い、
最後は菩提樹の下で飲まず食わずの瞑想。
飢えてふらふらと近寄った川辺でその辺の娘さんから
乳が湯(スジャータ)を振る舞われたそうな。
その瞬間、彼は真理を悟ったといいます。アハハ。

そして、彼は自らが悟った真理を集い来る方々に語ります。
釈迦の話を聞いた人が、またその話を誰かに語り・・・
それがサンスクリット語に書き留められます。
その内、その評判がはるか東方に伝わり、
遠くをものともせずにその釈迦(その弟子)の話を書き留めた
ものをありがたがる酔狂人がやってきます。三蔵とか。
彼らはそれをサンスクリットから自国語に訳します。

その東方人たちが自国語に訳した釈迦(その弟子)の言葉を、
さらにありがたがったのが、その辺境に住んでいた我れらが祖先。
これを持ち帰ってその東方人たちの音で唱えているのが、お経。
つまり、あのクソ坊主たちがありがたそうに唱えているのは、
漢語訳の釈迦(その弟子)が諭したのかどうか分からない
サンスクリット語のお話なのですよ。アホみたいでしょ。
般若心教の「色即是空」のところを書き下すと、
以下のようになります。

しゃりしよ、しきはくうにことならず、くうはしきにことならず、しきはすなわちこれくう、くうはすなわちこれしきなり。じゅ・そう・ぎょう・しきもまたかくのごとし。

まるで禅問答ですね。意味わからん。
つまりは、日本の仏教などというものはかなりインチキ。
ましてや、その亜流である創価学会に宗教性があるのかどうか、
私は深い疑問を持っています。ただの利権集団でしょ。
まあ、今日は別に連中の悪口を言うのが目的ではありません。
ただ「アホちゃうか」というポーズだけ。

釈迦と同じころ、後に彼(その弟子)のことをありがたがる東方では
孔子という人物が、同じく真理を追究しておりました。
孔子が釈迦と違うところは、徹底して「俗」であったこと。
「俗」というのは、現世の利益を追求することなのです。
つまりは高い位についたり、お金をたくさん儲けること。
孔子は、そういう「俗」な成功を収めるための処世訓みたいなことを
取り巻きたちに説教する芸に長けていたと思われます。

この孔子、俗世界では不遇のうちに亡くなりますが、
彼が語った言葉の数々は今も生き生きと伝えられています。
みなさんよくご存じの「論語」ですよ。
あれは実際、ためになります。実は私も結構なファン。

孔子は俗世界での成功を求めたわりには、高みから人々を見下し、
人間というものの本性を冷徹に見極めています。
彼はまた、俗な価値観から真理を求めています。

あしたにことわりをしればゆうべにしすともかなり。

仮に朝の目覚めと共にこの世界の真理というものが分かれば、
その日の夕方に死んでも私には異存がない、という意味です。
フフーンと言いたくなりますね。

さて、我々は21世紀を生きています。
釈迦や孔子の生きた時代から約2500年。
彼らの時代は自分の肉体的な眼で見えるものしか見えませんでした。
移動手段はもっぱら二本の脚。使えるのは自分の手足。
耳は半径がせいぜい100メートル以内の物音しか聞こえません。
また、書物というものがほぼなかった時代。

今、我らは世界中の事象を居ながらにして見て、聞くことができます。
必要なら、この地球上の最果てまで出かけることもできます。
宇宙のあらましがどうなっているのか、推定できます。
だから、釈迦や孔子が求めた真理など、たやすく解き明かせます。
少なくとも、私に迷いはありません。

では、彼らが求め、悟ったという真理は何でしょうか?
彼らのアタマの中にあったものはよう分かりません。
しかし、私の行きついた真理は実に簡単。それは・・・

人間はただの生き物であり、いつか死ぬ。

ただそれだけです。健康に恵まれれば100年ほど生きます。
種族としては猿の亜種。二本足で歩きます。
文明というものを生み出し、様々な利器を発明したおかげで
先進国民であれば、便利で快適に暮らしています。
ただ、野性は衰えているので生物の種としては脆弱。
そこを医療というもので補っています。
しかしいつかは絶滅するでしょう。
それはいかな種といえども免れません。

大きな宇宙の中の塵のような惑星に、ほんの数百万年だけ
生息したことになる生物の珍種。
我々はその遺伝子を子孫につなぐだけの存在です。

ただ、この猿の亜種は「社会」というめんどくさいものを
作りました。そこではわずかな差を求めて競争しています。
貨幣という共同幻想を生み出し、その多寡を競っています。
アホみたいですけれど、この社会で生きるためには
多少なりともその競争に参加せずにはいられません。

まあ、これ以上演繹しても仕方がないのでやめます。
少なくとも、私たちは釈迦や孔子よりも世界や宇宙の
ことをよく知っています。
2500年前の半ば狂人のほざいたことを、無条件に
ありがたがる必要は何もないと私は思っています。
もちろん、学ぶことには意味があると思いますが。

イラクの政府軍がISの拠点を奪回したというニュース。
まあ、世界にとってはISの勢力が衰えることは吉報。
しかし、少々虚しくなります。
なぜなら、あれは宗教戦争だから。
私が心得ているもうひとつの真理。それは・・・

人間というのは心が弱い生き物である。

心が弱い人は、「神様」を求めます。
自分を完全に信じられないからです。
「神様」に違和感を抱く人は「正義」に走ったりします。
まあ、どちらもインチキ臭いものです。

ムスリムの人々には数百年分の鬱屈があります。
それは「世界はキリスト教徒が支配している」という現実。
彼らはキリスト教徒主導の世界では邪魔な存在、
だと彼ら自身が思い込んでいるのです。実際多少はそうです。

マホメットという、主に7世紀を生きた推定ユダヤ人が
「ワシは最後の預言者じゃ」と唱えてイスラム教を
今の中東からアフリカ、アジアの一部に広めて以来、
地中海世界ではキリスト教とイスラム教がライバルでした。
それはもう、何度も何度も戦ってきました。
19世紀ごろまでは、その勢力図はほぼ互角。

ところが、ナポレオンが暴れだしたころからキリスト側が優勢に。
産業革命以降は、それに遅れたイスラム勢はひたすら劣勢。
その後はエネルギー革命で産油国となった一部アラブ国家が、
富の面ではそれなりに発展していますが、未だマイナー。
まあ、貧しいイスラム教徒は無闇にキリスト教を毛嫌いします。

この構図、日本と朝鮮半島や中国と多少似ています。
日本はキリスト、朝鮮や中国はイスラムですね。
彼らはテロこそしませんが、そこは「文」の国。
歴史の改ざん、ねつ造という手段で日本を攻撃します。
まあ、それはひとまず置いておいて。

宗教や思想というものは、取り扱いが厄介です。
私のように「どーでもええやん」と考えられる人間は
全世界の人の2%もいないのではないでしょうか。
日本では30%以上いるかもしれません。
だからこの国は発展し、世界のどこより住みやすいのです。
宗教も正義も、基本的にはくだらないものです。
我らの役割は、そんなあるかないか分からないものに
こだわるのではなく、ただただ健やかに生きて
自分の遺伝子を子孫に伝えることなのですから。


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わたくしが無料で受けさせていただきます。
会場はいつものところです。

開催日時:7月22日(土)13時~17時
開催場所:セトル 4階会議室
(東京都中央区日本橋横山町4−11 「馬喰横山」駅より徒歩1分)

7月22日土曜日の13時から17時まで、
私が相談会場におりますので、どうぞご自由にお越しください。
とくにご予約などは不要です。
ただし、順番におうかがいしますので、
ちょっと待っていただくかもしれません。
ちなみに、前回の参加者は4組様。
ただ、10分ほどお待ちいただいた方もおられました。

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2017/6/30 15:44 Comments (5)

5 Comments

datenoatugiさん、こんにちは。
コメントをありがとうございます。

やっと終わりました。
結果はとんだ椿事ですが。

確かに、生きるにはなんかやらんといけませんね。
私もアクセクといろいろやっています。
時々ずっこけてえらい目にあいます(笑)。

顔だけは涼しそうに・・・
すみません、暑苦しい顔をしています。
でも、心は涼しくありたいと思っています。

ではまた ごきげんよう 榊淳司

2017/07/03 10:53 | by Sakaki Atsushi

まろたんさん、こんにちは。

老醜、という言葉がありますね。
毎日歯を磨くときに鏡を見るのですが、
その気配を感じて嫌になります。
知り合いのお金持ちオバサンは60歳になられたとか。
大変な美人なので老醜は感じません。
でもご自身で「ミスが多くなった」とおっしゃいました。
みな、老いていきます。残酷ですね。
ただ、私は抵抗しません。
年相応、分相応が一番。
まろたんさんも、余り他人を気にせずにお過ごしください。
裁判所は不幸の処理場です。
たまにはいいかもしれませんが、
毎日行くようなところではないかと。

そろそろ夏です。
昼ビールが最高の季節になりました。
せいぜい、楽しみましょう。

ごきげんよう 榊淳司

2017/07/03 10:50 | by Sakaki Atsushi

榊さま こんにちは
この3日ばかり センキョで騒がしかったですね
シュウキョウ サヨク正義 ウヨク正義 ゲセワ正義 みんな大義を掲げて 私もタイギでした
所詮人間はいかに健やかに生きるかが肝要 同感です
しかし 生きるには 食べなきゃ 働かにゃ ゲセワ社会に浸らなきゃ このループだとあまりスコヤカにはなんないですよね といって逃れるスベもなかなかないし 高見の見物ができるカンキョウに憧れます

暑さも本格化してきそう 顔だけは涼しそうにしていたいものです  ではでは

2017/07/03 10:15 | by datenoatugi

榊さま。

当地に住み1年余り。
家具の一部を移動し模様替えをしました。
寝室を整理し気分的に広くなりました。

平日の町中は、何処も同じ、トシヨリばっかり。
それに加え、幼子を連れた若い母親がチラホラ程度。
以前にも書きましたが、トシヨリの顔がゴツイ。
ジジイもババアも、とにかくゴツイ顔のが多い。(笑)

やはり地域性・ローカリティというのはありますね。
どんな人生を送ってくれば、こんなツラになるのだろう。
と思ってしまうような無残なツラです。

そして、ハゲのババアが多い。
テッペンハゲ。カッパの皿。エロガッパ・ババア。
貧民階級ババアにはウイッグは買えないのでしょう。

白髪も多い。真っ白のまんま、染めていない。
美容室で染めると1万円位掛かるようです。
貧民階級ババアには、とてもとても、でしょう。

当地にも貧民階級が暮らしています。
どのくらいの人数かは分かりませんが。
昭和三十年代のものと思われる古いアパートもあります。
おそらく生活保護世帯が住んでいるのでは、と。

偏見を承知で言えば、こういう階級が犯罪を、と。
地裁の裁判を傍聴していますと、そう思ってしまいます。
被告人は、総じて「荒んだ顔」をしています。
人生を棄てたような。

東京と異なり、地方の20万人程度の小都市では、
階級・階層による住み分けがありません。
全ての階級が渾然一体と住み暮らしています。

注意しなければ・・・と、ジジババ・オッサン・オバンの、
ゴツイ荒んだ顔・顔・顔を見ながら思う今日この頃です。
小生、今、サングラス着用。
荒んだゴツイツラ、見たくないもんね。(笑)
まあ、トシヨリの道楽でもあります。

ごきげんよう。

2017/07/03 01:55 | by まろたん

榊さま。

仰有るとおり、
人生たるや、生まれてから死ぬまでの、暇つぶし。
で「ただ、生きて死ぬ」と言うことになります。
が、
禅問答ポク言いますれば、その「ただ」とは如何?
その「ただ」こそが「生臭い」のでは有馬温泉?
これこそが手に負えない。と。

今日は、まっこと蒸し暑い一日でした。
ですが、そこここを独り歩きました。
半袖Tシャツ、半ズボンで。
これ以上は脱げんけんね。(笑)

昔はいい男がおった。

ごきげんよう。

2017/07/02 19:12 | by まろたん

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